IE9ピン留め
します。別に戦いに行くわけでもないのですが、
先日の記事にもあったように
コミュニケーション力をあげるためでもあり、
前からやりたいという思いもあったわけで。
まーあれです。

こっちのブログを止めるかどうかはわかりませんが
とりあえず新しく始めたので
クリック等よろしく願います!
http://onevoice219.blog113.fc2.com/
あと、風邪引いて辛いので、お祈りお願いします。

# by an-advance | 2009-02-21 16:22

今日は仕事終わりタイムを更新した。
今までの最高は三時。年に一回あるかないか。
そして、今日は2時30分。三時には余裕で家にいた。
うちの会社大丈夫なのだろうか。ははは。

そんなこんなで、また温泉に行った。
もう回数券買おうかと本気で悩んだわ。

温泉の入ってる方々は、おっさんばかりである。
どこみても、おっさんである。
おれもおっさんかと思った。

こりゃひとつのコミュニティーだなって思った。
「おー今日は早いねぇー」
「あしたも天気悪いだろうね」
「昨日は来てた?」
こんな会話が至る所で飛び交ってる。
常連さんなんだろうね。
「温泉伝道」という言葉が浮かんだ。
そのコミュニティーの一員になり、そこから伝道。

温泉とは不思議な場所である。
「裸の付き合い」という言葉があるくらい。
温泉に一緒に行くだけで結構親しくなるんだ。
んで、なぜか心も裸になりやすい。
俺はとくにそーなんだけど温泉に入ると深い話しをしたくなる。特にサウナ。
そこを生かす感じで。

と、まぁ考えてたわけ。
そしたら、会社の人にあった。
同級生にあった。
神様に「ほんじゃやってみ」っていわれた感じである。
でも、会社の人には挨拶も出来ず、なんかあっちも避けてるような感じだった。
おっし、挨拶行くか思って行くと、違う場所に行っちゃってさ。
ダメダメ。
で、上がって脱衣所で同級生にあったけど、少ししか話できなかった。
ダメダメでした。。。

結構へこんだ。
考えるだけ考えて、出来ないんじゃ意味ないじゃんってさ。
まずいなって思った。
「人見知り」が足引っ張ってるって思った。
どこから、この人見知りがきてるかは分からないんだけど、
過去のなにかしらの傷か。遺伝的なやつか。
でも、本気祈って癒していただかないとどーにもアカンと思いまして。
ユースに話しかけるだけでも、緊張したりするからね。
おいって!
帰りの車の中で祈った。
コミュニケーション力をくださいって。そこから福音語れる人にしてくださいって。
いつか温泉伝道が出来るように。
福音を恥としないようにって。

でも、多分、一瞬で解決することじゃないだろうね。
これもチャレンジして訓練していくものなんだろうね。
はい。

# by an-advance | 2009-02-19 20:38

が来ました。
待ってました。
この待ってる間が良いよね。
「今日帰ったら来てるかな」って仕事中良く思うんですよ。

買ったのはこれ!

この三点セット。
実はめちゃお得!!
今キャンペーンやってて、プロテスタント宣教150周年記念特別企画でこの値段。
◎聖書¥7,560 + 聖書カバー¥1,575 + 聖書通読マップ¥315 = 
   合 計    定 価 ¥9,450
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是非、悩んでる人がいたら、今が買いだよ。
バイリンガル聖書も特別価格でやってるしね。
ほんじゃ。

# by an-advance | 2009-02-19 15:21


「あの日の夢を 今もずっと 追いかけ続けていたら
今頃 僕は 何処にいて 何をしていたんだろう?

ため息で錆びついたこの鍵で 今もまだ開くのかな?
信じたまま 脱ぎ捨てた 夢と一緒に 僕を待ってる あの日のロッカー

今よりずっと蒼く 優しく見えた空
何を忘れたんだろう? 何を覚えたんだろう? 何を見つけたんだろう?
答えのない問いに 白く滲んだ空
踏み出せなかったあの道は 今ここに続いていた

何度負けても 間違っても 夢は終わりじゃない
何度勝っても たった一度の 諦めに崩れてゆく」

これは、コブクロの歌詞の一部。
コブクロは俺の好きな貴重なアーティスト。

なんか歌詞が好きで、もちろんメロディーもなんだけど。


何度負けても 間違っても 夢は終わりじゃない
何度勝っても たった一度の 諦めに崩れてゆく

確かにそうだなって思う。

コブクロのどちらかが言った言葉がある。

「100回の失敗よりも、たった一回の諦めが夢を崩す」という言葉。

何度転んでもいい。
何度倒れてもいい。
何度泣いてもいい。
ただ諦めることさえしなければ。

昨日のユースメッセージは、「サタンの誘惑」というテーマでメッセージした。
若者ゆえの戦いがある。
この時代に、若者として生きるのはある意味で酷である。
サタンは一瞬の光で俺らを誘惑する。
神様は永遠の光で俺らを導く。

この時代に、どれだけの若者が聖く生きたいと願ってるだろうか。
神様を愛するものは、みなそのように願ってる。
そして、戦ってる。
周りが馬鹿にしても、戦ってる。

サタンの成功は、俺らをこのたった一回の諦めに陥れることだ。
だから、俺らは諦めない。
戦い続けること。聖くなること。勝利すること。
諦めない。
何度だって立ち上がる。
サタンに、罪に、人生を奪われてなるものか。
俺らは永遠の光を見るんだ。





# by an-advance | 2009-02-16 21:04

古い聖書を読むとき 私を思い出しなさい
黙想に溢れる会堂にいる時 私を思い出しなさい

どの時代にも どの人にも
私の恵みと平安があります
素晴らしい神の子 わたしはあなたを覚えています
わたしを思い出しなさい

空一面に広がる夕焼けを見るとき わたしを思い出しなさい
喜びの涙をもって祈るとき わたしを思い出しなさい

日曜学校の子供の笑顔を見るとき わたしを思い出しなさい
彼らが説教し 去るとき わたしを思い出しなさい

これは賛美の歌詞です。
「古い聖書を読むときわたしを思い出しなさい。」
俺の使ってる聖書は、高校生のときに買ったから、まだ八年ぐらい。
それでも、「これは」ってとこには色つきのペンで線を引いてきた。
今は、よほどのことが無い限り、線は引いてないけど。
俺の聖書には、アダム師とジャレッド師のサインがある。
俺の聖書はゼパニア書あたりの真ん中がしわしわだ。居眠りしそうになってよだれが。。。
俺の聖書は、旧約と新約の間にある。新約聖書と書かれたページが無い。
いつだかの聖会で、旧約と新約は本来は一つの本だと教えられて、破ったから。

思い出が少なからず詰まってる。
色ペンで線を引いたところを読むとき、その時語ってくださった神様を思い出す。
時々、何でこんなところに線を引いたんだってびっくりする。
どーいう風に解釈したのよって。ははは。
良く、線引いてない所を探すのが難しい聖書を持ってる人がいる。
どんだけって思う。
でも、それはその人の聖書。そこから養われて育てられた大切な聖書。
一人ひとりの聖書見たりするのも面白いかも。

聖書を見るたびに、神様を思い出したい。
そして、今の聖書を大事にもしていきたい。

しかし、近々、セカンドバイブルを持つようになります。
ついに、チェーン式に手を出します。
はい。それでは。

# by an-advance | 2009-02-15 21:35

今日はビシッとやるべきことをしっかり出来たと満足しています。

メッセージ準備は金曜日の夜にしたし、(基本は土曜日の午後なんですがね)
朝もグダグダ寝ないで起きて、
デボーションもしっかりやって(休みの日って手を抜きやすいんですよね。時間一杯あるから)
車の保険の更新の手続きをして、
温泉に行って、オイル交換をしに行って、
ケータイの電池がさすがにマズイってことで、電池パック注文にソフトバンクに行って、
そして、今ブログの更新をしてます。

他の人から見たら、そんなんで満足してんのかって思われそーですが、
やるべきことから逃げて隠れるようなおいらにとっては、
80点ぐらいあげたい。

あとの20点は、風呂に浸かりながら思ったことなんですが、
誰かの人生に影響を与えれたら最高だなって。
やるべきこともしたとしても、それで満足しても、それはやっぱり自己満足。
おれらの人生の目的は
「神の栄光を現すこと」に尽きる。
おれの今日の一日は、神様の素晴らしさを示したかって。

俺の通ったところに、俺の一日に神様の香りが嗅ぎ取れるか。
まだ、一日は終わってないので、
これから、この20点を埋められたら良いんですけどねー。
この20点は、100点分ぐらいの価値がある。

どうやったら、人の目を神様に向けさせることができるんだろうか?
良き事をしても、多くの人はその良きことをした人を見る。
でも、それじゃ目的がずれてしまう。

あっ、おれが神様見てればいいのかな。良く祈って、聖書読んで、賛美して。
そしたら、つられてその人も神様に目を向けるかな。
どうですかね。
いかに、人の目を神様に向けさせるか。
考えてみてください。
そして、分かったら教えてください。

# by an-advance | 2009-02-14 15:15

神様は一人ひとりの心を知っている。

何を考えてて、何に悩んでて、何に迷ってるのか。

ホントに小さなことでも知っている。

髪の毛の数まで知ってる。

聖書を読むと本当に神様は俺の心を知っているんだなって思う。
心にピッタリとフィットする言葉が語られる。ナイスタイミングで。

前に書いたけど、去年から最近まで、もがいた時期があった。
ある部分はまだ続いてる。
でも、俺はここを超えなきゃいけない。
もう一段階上がりたいんだ。
それは、神様に対する疑問だった。
分からなくなったんだ。神様が。

神様に何度も質問した。
「あなたが分かりません。でも、あなたのことが知りたいんです。」
時々、「もーいいや」って気持ちにもなった。
ホント、紙一重のところだったと思う。

そんな中で語られたメッセージ。
神様はあなたのその質問に答えたいと願ってる。
「わかんない」って叫んでるその疑問に答えたいって思ってるんだ。
全ての質問の答えは知れないかもしれない。
でも、絶対答えられなければいけない質問がある。
「それは神様との関係が揺らいでしまう質問」
その質問はそのままにしていてはいけない。
答えなれなければいけない。
信仰さえも奪いかねないものだから。

その質問は解決されなければいけない。
神様はそれに答えたいと願ってる。
神様の前に質問しよう。
また、リーダーに質問してみよう。
必ず解決が与えられる。
そして、その解決が与えられた時、
僕らはもう一段階成長しているはずだ。

スポーツなどにスランプがあるように、
霊的スランプというのがあるのかもしれない。
でも、スランプを脱出したとき、
「芯」がビッシっと通されるんだ。

# by an-advance | 2009-02-12 22:34

カラスには人生の中で何度か襲われている。
地上で普通に戦えば勝てるとは思うんだけど、
やつらは空中から襲ってくる。
ずるい。
マジでビビる。

俺の車は、なぜかカラスのターゲット。
昨日、仕事終わって帰ろうとしたら、
フロントガラスに、カラスの糞がびちゃって。
四発も。
ひどいです。
なかなか落ちません。

そんな、カラスへの苛立ちを握り締めながら、
今日、聖書読んでたら、
カラスが出てきた。
ノアのところ。
あのずる賢く、ふて腐れてるようなカラス。
でも、そんなカラスの傷が今日わかった。

それは、あのノアたちが箱舟に乗ってた頃、
雨がやみ、大地が渇いてきた頃の話。

ノアが「雨もやんで、かなり日数も経ってるし箱舟から出てもいんじゃない」って言って、
確かめるために鳥を放つんだよね。
その時、数いる鳥の中から大抜擢されたのがカラスなんだよね。
あの黒い体に惹かれたのか、あのなんとも言えない泣き声に惹かれたのかはわからんが、
とにかくカラスが選ばれたんだよね。
もう、カラスにしたら、新しい世界の始まりの重要な任務を任されたわけじゃん。
カラスはめっちゃ嬉しかったはず。
「来たな。俺の時代」ってぐらいに思ったかも。

その任務を果たすべく、勇ましく飛び立っていったカラス。
しかし、まだ地は渇いていなかった。
「ふん。何度でも確かめに行ってやるさ。この俺の翼で」ってぐらいに思って
帰ってきたカラス。

また、ノアさんからお声がかかるのをワクワクしながら待ってたカラス。

しかし、

次にお声がかかったのは鳩。

「まー、あいつにも経験させといたほうがいいかな。結果を出すのは俺だけどね」ってまだ余裕のカラス。

二回目の探索。

選ばれたのは、また鳩!

カラスが鳩に「あんま、調子にのんなよ!」とメンチをきる。

三回目。。。

選ばれたのは、やはり鳩!もはや、ノアの目にはカラスが映っていないのか。

チラッと鳩がカラスを見る。あの優雅な目で。

そして、鳩は任務を達成した。

カラスの心はぼろぼろになった。

なぜ、ノアさんは一回目だけ俺を選んでおいて見捨てたのかと。

それから、
カラスは人が嫌いになり、ひねくれて、ずる賢くなったのではないかと、
思わずには入られなかった。

その人の傷を理解するのって大事だよね(笑)
少しはカラスを理解できるようになるだろうか。。。

# by an-advance | 2009-02-11 20:41

二日間、教会ではビジョン会です。
しかし、わたくしは、今日は職場のミーティングで行けるかどうかわからんし、
明日は仕事で出れません。
残念ですがしょーがないです。。。

出れなかった人もどんなことが決まって、どーいう方向性で決まったのか、
分かるように、形に残してほしいです。
出れなかった人も一致できるように。

あと、風邪引いてしまったので、祈ってくれたら幸いです。
インフルじゃないように。
それではいってきます。。

# by an-advance | 2009-02-10 17:12

クリスチャンって特別でしょうか?
確かに特別だとは思う。
真理を知って、神様との個人的な関係があって、なにより永遠の命がある。

でも、俺らがクリスチャンとなるために、
何かしらの試験に合格したわけでもなく、
むしろ、それに釣り合わない存在だったのに、クリスチャンとなった。
「完全な恵み」なんですよ。

でも、時にクリスチャンだってことを、優れたもので、特別なものだって思うことがある。
ユダヤ人が俺らはアブラハムの子孫だって特別な存在だと思ってたように。
ワンランク上の人間でもなんでもない。
同じ罪びと。

何をいいたいかと言うと、
クリスチャンだってことで、まだ神様の事を知らない人や違う神様を信じてる人を、差別してないかなってこと。
クリスチャンって言うことで、高ぶってないかってこと。
イエス様は、差別してなかった。
愛に生きて、罪びとと呼ばれる人と共に食事をした。

なんでこんなことを書いたかと言うと、
ある所に、「クリスチャンが特別に守られるように」って書かれていたんだ。
俺は、それがちょっと納得できなかった。
えっ、他の人は良いの?って思った。
そんな風に祈ってるのを、クリスチャンじゃない人が聞いたら「差別」してるって思うと思うんだ。
でも、そんな風な思いを時々自分の中にも見る。
イエス様の思いとずれてる気がするんだ。

ただ恵みによってクリスチャンとなったんだ。
だから、愛の目で、まだ神様を知らない人を見ていかなきゃいけない。
真理を知ってるから偉いんじゃない。
クリスチャンだから、価値があるんじゃない。
神様が高価で尊いって言うから価値があって特別なんだ。
これは、クリスチャンだけに語られてる言葉じゃない。

神様は一人ひとりを本気で愛してる。
そこに差別があってはいけない。
一人も失われてほしくないと叫ばれてるのは神様なんだ。
同じく価値があって、同じく特別なんだ。

# by an-advance | 2009-02-09 21:21

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